第三十二話 激流の向こう側に(下)

掴み所無い だだっ広い川原の左岸山寄りを 
本流から離れ流れる谷 目の前には白く頭大の
石が幾重にも積み重なる 勢い浮石も多く成り
慎重な足運びと成らざるを得ない
周りを見渡すと 背景が圧縮され門構え然とした
位置へと出ていた もう既に魚篭の中身は重く
釣る事には堪能していたが まだ若かった私等
探究心は萎える事は有りえず 躊躇無く前進する
山肌から伸びた木に上部を覆われる 小規模の
淵尻を前に 駆け上がりで待ち構える番兵木っ端
アマゴを始末 一気に引き抜いては下段に放ち
息を殺し幾等か忍び寄り 其のままの姿勢にて
サイドスロー気味に 流れ込み目掛け振込んだ
糸撚れを伸ばしながら底へと導かれて行くライン
ズズ〜ッ!”  ”おっ!岩魚だな 其れも結構
でかいみたい?”  そいつが引き込んで行った
反対方向へと ”よいしょっと!” 余裕の動作で
大合せを呉れてやった

1970年代 化け物の群れる大場所を攻める為
捜し求めた飛び道具 しかし釣れたのはこんな奴
グネッグネッ・・” 淵底でもがく魚体は アマゴよりくすんだ光を放ち 底へ々と引き込んで行く ハリスは0.4号
余り無理も出来ない まぁこの小さな淵で 何処にも逃げ去る事は出来やしない慌てる事も無い・・・・・
岩魚は向きを変えたと思ったら スーッ!と引かれるまま岸へと寄って来たではないか? 足元へ浮いた魚体は
頭部のサイズがやけに目立つ割に身は細い 小豆色掛かった濃い茶色のヤマトで 何より此れでもかと云った
アングリ大きく開いた口 其の口に貧相な身体は隠れてしまいそうだ つい仮分数岩魚と名付けてしまった。
新緑と麗らかな日差しに包まれて 浮れ気分の
遡行が続いて行く 落差は緩いのだが 適度な
落ち込みや小規模の淵を形成され 魚は何処の
ポイントからも跳び出して来る ブッツケ先で右へ
折れる処で 確り組まれた石積の橋脚部分が
目に止まる 肝心の橋そのものの姿は今無い
この谷には 使われなく放置された林道跡が
ずっと奥まで続き 奥を攻める時アプローチルート
として利用すると 釣行計画に余裕が持てる為
あり難かったが 其れも年々荒れ始めて来ていた

谷中では 所々藪に覆われ 止む無く水中を
ジャブジャブ進み上流を目指す 私の足音影に
驚いては 狭い流れを右往左往逃げ惑う魚影が
上流に向う
頭上を太い数本の木々で覆われ 黒々とした
岩盤に 両岸を占められた通らずのトロ場へ出た
其の先で谷は右へと直角に折れる 如何にも
大物が潜む雰囲気を漂わせて居るのだが 幾等
振込みを試みても 二間半の竿では 魚の待つ
ポイントまで とても仕掛けは届きはしない
手掛りの解り易い 左岸の岩に張り付き 一旦
林道跡の平地へ出ては 先の落ち口頭へと出た
此の先は 枝木が覆い被さり暗く釣り辛い 手に
する魚は小型が多く成って来た

国道が跨ぐ枝谷 こんな流れでも
時には尺越えが連続で(1970年代)
そんな事をしてる内やがてこの谷一番の好場へと出る この場所を攻める為 ずっと遡行を続けて来たのだった
右岸が垂直の壁と成り 左岸に座る黒い大岩が手掛りが多く乗り越し易く そのまま林道跡へとも出易く成る
岩の上から覗き込むと 淵底の積み重なった石の間からは 無数のチビ岩魚の出たり入ったりしている ”おおおっ!
沢山居るもんなんだぁ” 流れが直角に曲り 其の先でトヨ状に岩盤の間をワンクッションして落ちる滝 手前の
滝壷流れのブッツケ辺りでは 直径30a余りの流木が垂直に突き刺さる 狙いの大物はその陰で じっと流れ来る
餌を待ち 上流を窺って居るものと見える ”やれよ!” 目配せで釣友を促し 次に起こるだろう喧騒を予測 岩場を
降りて淵尻へと回り込んだ 岩陰から流木周りを攻めていた釣友の竿が撓る よしでかそうだ ”おぃこっち廻せよ
アマゴだぁ でかいアマゴぉ” ”ちゃぅてぇ岩魚だよん” 釣友が見間違うのも無理からず この居付きヤマト岩魚は
幅広の体高が岩魚らしく無く 其れに何より体側のオレンジ小斑点が一際目立つ鮮やかさで 激しく抵抗を見せる
ばた付きながらの取り込みの末 足元に横たわる岩魚を見下ろしながら ”岩魚だぁ〜っ?”不思議なものでも見た
様に小さく呟き 釣友は何時までも見下ろしていた。
此の先は 谷も更に落差が緩く チャラ瀬状の流れと続く 水量もか細くなることで もぅ多くは望めない事だろう
渓に添う様続いた林道跡も 此の昔飯場が有った蕨が群生する台地で消える 放置された釜などが散乱 もぅ
どれほどこのままで置き去られたのか 奥には南方ジャングルに破壊放置された戦車の姿で 緑に隠れたオート
三輪が此方をじっと窺って居る。

1970年代のこの頃 文中の林道は既に利用されて居らず荒れだしてました 現在新設された峠道が谷の要所を
横切り 入渓するには楽に成りました そもそもそんなルートの存在自体 知られる事無く 月日とともに茂り出す
木立の中に埋れ 度々の取水氾濫 土砂流失により 渓相は見る影も無く荒れ果ててしまった。

                                                          oozeki